7月30日

 仕事を終え、大学構内の林を歩いていると街灯の明かりの下でカミキリムシが腹を天に向け悶えていた。都心のど真ん中でヒキガエルを見たことはあるが、カミキリムシは初めてだ。足を止めしばらくの間見守っていたが、ひっくりがえったまま起き上がれないらしい。人差し指を差し出したものの、虫は一向につかまらない。今度は落ち葉や木の枝などに脚をひっかけてやろうとした。だが、虫は脚をばたつかせるだけで触ろうとさえしない。どうも様子がおかしい。

 暗くてわからなかったが、目を凝らしてみると虫は負傷していた。触覚が欠け、左半身の足が足りない。それだけならまだ生きていられるが、おそらく脳にあたる部位が欠けていて、平衡感覚を失っているに違いない。

 彼は今死にむかっている。今まで自分がみていたのは虫の愛くるしい姿ではない。激痛に悶え狂気に駆られた声のない叫びだ。そう悟った瞬間、それまで抱いていた愛らしさや慈しみが一変するのを感じた。恐怖に駆られ、虫をおいてその場を歩き去った。だが、自宅へ向かうしばらくの間、人差し指に厭わしい余韻を感じずにはいられなかった。